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白と黒しかない世界の人に「赤」を説明する

  • 所長のひとりごと

「実際に想像してみてほしい。「白と黒の物だけしかない部屋」で生まれたときからずっと育ち、『赤い』という体験を一度も味わったことがない人がいたとする。どうやって彼に、意識の上に浮かび上がる、『赤』というあのリアルで独特な体験を説明すればいいだろうか?」
—『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち (河出文庫)』飲茶著

なかなか難しい問いかけですね。

実は、在宅医療現場で我々が患者さんや家族に説明していること、
逆に患者さんや家族が我々医療者に説明してくれていることというのは、この白と黒しかない部屋の人に赤い色を理解してもらうのと同じくらい難しいことだと思います。
患者さんや家族が経験したこともない状況について我々は説明している。あるいは患者さんは我々には分からない苦痛について話してくれているんです。

先日、ALS筋萎縮性側索硬化症の患者さんとその家族に、気管切開と人工呼吸について話をしている状況に遭遇しました。そのメリット、デメリット、何がその後起こりうるかについて説明しているという場面です。
結局、気管切開と人工呼吸は希望しないという選択を、患者さんと家族がされてその方向に話が進んだのですが、何かかかるものが残ったままです。

患者さんや家族は、気管切開や人工呼吸をしているのを見たことがないようでした。これって白と黒しかない部屋の人に赤を説明しているのと同じ状態です。

言葉を尽くして、時間を尽くして赤い色について説明する手もあるかもしれません。でもそれで本当に分かってもらえるのはごく一部になるでしょう。
もっと、情熱的に説明することも考えられます。
そして、赤というのは燃える色だ、情熱的な色だ、とイメージを持ってもらう。
さらに思い切った手としては、白と黒の部屋に懐中電灯と赤い色紙を持ってきて、赤い色紙を照らして見せるというのも考えられます。これだとかなり直接的です。
また、これはこの飲茶さんの本の中でも紹介されていますが、「火事だ、早く逃げろ」と叫んで、白と黒の部屋から脱出させ、そこで赤い色を見せるというのはどうでしょうか。

どういう方法を使うかは、伝えたいことの緊急性と重大性によって変わってきます。
いずれにしても、伝える手段は十分考えないといけないということです。10分くらい口頭で話をしたり、説明の紙に印鑑を押してもらって、伝わっているとは思わないことです。

そして、頭に入れておきたいのは急に伝わりやすくなる状況が出てくることもあり得るということです。
普通の状態だったら、気管挿管は嫌だと言っていても、大きな怪我をして緊急手術が必要な状況だったら、気管挿管や気管切開についての考え方が変わって、伝わり方も変わるかもしれない。

最後に、これも常に念頭におくべきなのは、人に伝えるというのは、白と黒しかない部屋の住人に赤を説明するようなものだから、当然分かってくれない部分はあるということです。
なので、分かってくれないからと言って相手に腹を立ててしまったり、自分の説明能力がないと落ち込んだりするのは、苦ばかりだからやめた方がいいと。
そして状況の変化が起きたら、それに合わせてまた再トライする。それも大事なことだと思います。

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