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「忙しい」と言わない。

  • 所長のひとりごと

gimwtakeshi
堀川惠子さんの著書『透析を止めた日』は、一生の教科書にしたい本です。

ふと気がつきました。私は同業者である医師が書いたエッセイ、小説等も多数読んでいるのですが、これだけ感銘を受けた事はなかったのではないかと。
医師の書いたエッセイや小説を参考にしている事は多いし、今も日常診療に生きている一節もあります。しかし、役に立っているのですが、この「透析を止めた日」のように涙するような感動は受けてこなかった気がします。

それは何故かと考えました。もちろん堀川惠子さんの筆致力が卓越している事は大きいでしょう。取材、観察、描写、構成。何をとってもプロのノンフィクションライターだなと感じます。
でも、それ以外に何かの違いがある。堀川さんの本はスッと胸に入ってきます。これに対して、医師の書いたものは頭には残るけど感動したというような読後感ではない。それはなぜなのか。私はその理由の1つが医師の忙しさの描写の仕方にあるように思われました。
「透析を止めた日」の中にも、医師の忙しさの描写があります。

公立福生病院で透析を中止したことが裁判になった話が取り上げられています。2018年に維持透析を受けていた44歳の女性が透析中止を選択し、入院先の同病院で中止後1週間で亡くなった。その半年後、患者家族は、医師が十分な説得や説明、必要な救命措置をとらなかったとして損害賠償請求訴訟を起こした事件です。この女性は透析に必要なシャントという装置の閉塞を繰り返しました。それによって、精神的に不調をきたしていたことが記載されています。そしてこの方が「もう透析をしたくない」と言い出した時、医師はそれが希望なら手術を行う必要はないと説明し、実際にシャント等の透析のための手術はせずに透析を中止し、患者さんは亡くなりました。その過程が描かれています。結構衝撃的な場面が続きます。詳しくは著書をお読みください。

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堀川さんの「透析を止めた日」はこの後、こう括っています。
「担当医師は法廷で、弁護士から尋問されるたび、「忙しかった」「ばたばた」していたと繰り返し、自分がいかに多忙だったかを強調した。患者の亡くなった8月16日、患者の病室に足を運ぶ午前11時半までに彼は3件の手術をしており、多忙だったことは言い訳ではなさそうだ。実際のところ、一定規模の病院に勤務する医師の働き方は過酷で、時間の余裕を持つものなどほとんどいない。」

堀川さんは、患者さん家族の視点から、またジャーナリストの視点から、医師の多忙さを客観的に描写されています。
これに対して、医師が執筆したエッセイや、小説の中で描かれる医師の業務の忙しさは、どこか忙しさを誇っている、また一方で被害者意識も見え隠れしているのではないかと思います。筆者が、そうは意識しなくてもついつい忙しさを誇りに思う気持ちや、忙しさの悲壮感が文ににじみ出てしまう。
医者というのは「忙しい」と言っていなければ生きていけないような生物になっているのではないか。「忙しい」がアイデンティティのようになっているのではないか。と考えさせられました。

また、この福生病院の医師の証言を読んでいても思ったのですが、どこかに「どうせ俺たち医者以外にはこの忙しさは分からないんだけどな」と突き放した様子があります。

実は、私も「往診屋」という本を2024年3月に出版したのですが、本になってそれを改めて読み直した時にも、やっぱりどこか忙しさというのをアピールせざるを得ない自分をあちこちに見出しました。

普段の会話でもそうです。言葉で「忙しい」と言わなくても、どうしても滲み出てしまっている。
でも、このことは医師という職業の魅力を、そして医者の人間性を小さくしているような気がします。

私の今年下半期の目標は、「忙しい」と言わないことです。

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